【休職日記】うつと社会のつながり方

下鴨神社・糾の森
下鴨神社・糾の森
↑画像は、投稿内容とは関係ありません。(2012年12月撮影)

うつで休職すると決まったとき、会社(福利厚生部署)や産業医さんからは、「会社の人と連絡は取らないでください」と言われました。
理由は、「会社の人と仕事の話などで連絡を取っていたら、休みにならないから」ということでした。
そのことは理解出来たんですが、ちょっと寂しいものがありましたね。
そうやって、会社からの情報が遮断されると、いかに自分が「会社(仕事)人間」だったことがわかりました。
自分では、割り切って仕事をしていたつもりでしたし、他の人より残業はしないようにしていましたし、ワークライフバランスについては、かなり意識していて、公(会社での自分)と私(私生活での自分)の区別は、きっちりしていたつもりだったので、会社からの情報が遮断されることでこんなに不安になるとは、すごく意外でとまどいました。
給料明細が届かなかったり、困ったことはたくさんあったのですが、「バランス」というくらいですから、「公」と「私」の割合が良い案配でないといけないわけですね。

話はさかのぼりますが、休職する前に「Facebook」がブームになりつつあり、私は会社のWeb担当者であったので、そういう新しいWebサービスは試すことにしていました。
Facebookもやっていたのですが、そのうち会社の人たちもどんどんFacebookのアカウントを取るようになっていたり、仕事でも使うこともあったので、会社の人たちと「友だち申請」していました。

そのときには予想もしていなかったのですが、休職してからは、それが大きな救いであり、情報源にもなり、支えにもなり、とてもありがたかったです。

おそらく、会社の方々は、日々「しんどい」と思いながらも、一生懸命がんばっています。
それなのに、私には「ゆっくり休んでください」と言ってくださる、その気持ちがありがたかったのです。

とはいえ、情報というのは、諸刃の刃でもあります。

あと、人事異動などの情報も、Facebook経由で教えてもらったりしました。
そこで、自分の業務を引き継いだ人が、半年でまた人事異動になったり、Facebookでの投稿が少なくなったのを見たら、「慣れない仕事を、急に振られてご迷惑かけたかなあ」とか、「私の代わりにしんどい思いをしていないだろうか?」と、気になったりします。

Facebook以外でも、ポータルサイトに掲載されているニュースコラムなどで、「新型うつ=組織の厄介者」というのを見て傷ついて、主治医さんに「私は『新型うつ』でしょうか」と訊いたこともあります。

あと、TVなども危険ですね。
「うつになって働けなくなった芸能人」などの不幸ネタを取り上げるバラエティー番組も、自分と同化して見てしまうので、痛々しくて落ち込みますね。
会社の話題などが夕方のニュースにもよく取り上げられるのですが、知っている人の活躍ぶりが密着取材されていたりして、働いていない自分と比較して、これもまた激しく落ち込みます。
うちの父は、昔からこちらが知っている情報にも関わらず、「仕事に参考になる」と父が判断したものをVTRに録画していたりして、「要らない」と何回も言っているのにも関わらず、わざわざ私に見せるという、タチの悪いクセを持っていて、私が休職してからも、食卓で「会社の○○という名前の人が、こんな風に密着取材されていた」というのを、見ると必ず言うのです。
(休職前は、密着取材されている現場も、傍らで見ていてよく知っているというのは、何度も言っていたのですが、わからないんですね。)
激しく落ち込んでいながらも、うまくそれが言葉に出して言えなくて、食卓でぽろぽろ泣いてしまったこともあります。
→こういうことも「(言った親は)悪気はないんだから、気にする私が悪い」というように言われてしまうので、やはり「親は血のつながらない他人だなあ」と思ってしまうわけです。

こんな日々を過ごしていると、どんどん人と会話をすることが少なくなっていきます。
「人と会話する」というのは、相手に合わせて、その場にあった言葉を瞬時に判断して、口に出さないといけません。
このことは、結構自分にとっては、ハードルの高い作業だということに気がついてからは、人に会うことを極力避けるようになりました。
Webからの情報を受け取っているだけなら、リスクを避ける方法もあるのですが、人と会うと自分のペースを保っているだけではすみません。
自分では、避けているつもりでも、うっかりキャッチセールスに捕まって、うまく逃げられなかったり、買い物に行ったときにも、強く出る販売員さんがいると、気持ちが負けてしまって、不要なものまで買ってしまうハメになったりもします。

でも、こんな風に人を避けてばかりいては、ますます復職が遠のくような気がして、最近では努めて人に会うことを意識しています。
友だちと会う約束をしていても、その友だちに会うまでが、怖くて不安で緊張して仕方がなかったり。
そして友だちを笑いながら楽しくおしゃべりしていても、次の日に反動が来て、しんどくて動けなくなってしまったりします。
それでも、少しずつ繰り返していって、反動の波を小さくしていくことで、だんだんと社会とのつながり方がつかめてくるのではないかと、期待しています。

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