堀江貴文著「ゼロ」を読んでみた。

お友達が勧めていたので、読んでみました。

堀江貴文、ホリエモンという人、これを読むまでは、私にとってはちょっとしたトラウマになっていました。

彼が経営していた会社「ライブドア」のおかげで、取引先の会社があおりを受けて倒産したり、彼とつながりのあった人物のせいで、私が勤めていた会社は、競合会社との合併を強いられ、多くの諸先輩たちが退職していきました。
堀江貴文という人は、冷静に考えてみれば、一種の被害者だったのかもしれませんが、合併などの騒動の中で、彼の名前は、会社全体のトラウマを象徴していました。

彼のことを考えることを忌み、避けていたように思います。

ところが、この著書のキャンペーンで、大阪にも来ていたらしく、Facebook上でお友達と一緒に写っていた写真を見ると、一時期感じられた、何かに取り憑かれていた感じが、失われているのを感じました。
何だか憑き物が取れた感じでした。

「拘置」という経験が、彼を変えたのかもしれません。
とはいえ、私には、どう変わったのかはわかりません。
初めて、私は「彼が今何を思っているのか知りたい」と思いました。
不思議と、過去のことを知りたいとは思いませんでした。
「トラウマ」とはいえ、もう既に終わったことです。

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく
ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

副題にもありますが、「なにもない自分に小さいイチを足していく」というのが、まず意外でした。
私のイメージでは、彼はまるで錬金術師のように、無から膨大な有を生み出し、その有は玉石混淆で構成されているように思っていましたから。
小さいイチを足していくスピードがものすごく速いので、一瞬にしてものすごい高さのイチが積み重なっていっていたのかもしれません。

とかく、「確実に簡単に成功する方法」や、「レバレッジをかけて楽して儲ける方法」を求められがちなのに、「足し算」という答えがとても、意外でした。

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