新島八重と「プチ・メジャー」

永観堂にて

永観堂にて

「鉄は熱いうちに打て」と申しますので、私の中の「プチ・メジャー」熱が熱いうちに、考えを深めておきたいと思います。

★「プチ・メジャー」って何?という方は、こちらをお読みくださいね。
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▼【LOVES】レデュコ×「藤沢あゆみ プチ・メジャーセミナー 2013年バージョン」に参加してきました。
http://associee.net/?p=1371

▼私の「プチ・メジャー」宣言
http://associee.net/?p=1389

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さて、日曜の夜8時は、毎週、NHK大河ドラマ「八重の桜」を観ております。
私は、あまり幕末期以降の歴史には詳しくなく、しかも興味はなかったのですが、主演の綾瀬はるかさんが好きで、この機会に少しでも詳しくなれたらなあと思って、観ています。

2013年2月24日(日)現在、第8回「ままならぬ思い」の放送が終わったわけなのですが、この時点で、山本(新島)八重は、18歳。
女性なのに、鉄砲の腕を磨いて、周りからは変わり者扱いされています。
年頃になっても、縁談もありませんし、ご本人も「私は結婚などしない」と言い切っていました。
変わり者扱いされても、家芸である「砲術(鉄砲)」を、やむにやまれぬ思いで修行し、「お国の役に立ちたいのに、女だからということで活躍の場が与えられなくて悔しい」と思っています。

彼女が、初めて活躍らしい活躍をするのが、会津戦争(1868年)のときで、そのとき23歳。
若松城篭城のときに、自ら銃を持って、戦うのです。

何故、こんな話をするかというと、これまで大河ドラマのヒロインとして、採り上げられるまでは、新島八重は、「知る人ぞ知る存在」だったわけです。
(私は大河ドラマになるまで、彼女のことを全く知りませんでした)
この「知る人ぞ知る存在」って、「プチ・メジャー」だと言えるのではないかと思ったのです。
そして、NHKでドラマ化されることで、一気に「メジャー」になったわけです。

「プチ・メジャー」セミナーを受けた直後だからこそ、気づけたことだと思うのですが、私は新島八重に、「プチ・メジャー」へのイメージモデルを観たような気がしました。

最終的に彼女は、同志社大学を開いた新島襄の妻となり、「ハンサムウーマン」と言われるのですが、結婚当時は、「夫をかしずかせる悪妻」とも言われていました。
それにも屈しない精神は、やはり「やむにやまれない思い」を核に、夢中で砲術の修行をしていた少女時代に培われたのではないかと思います。

今でこそ、大河ドラマのヒロインとして、もてはやされている(メジャー)のですが、自分で道を切り開き成功をおさめていった(プチ・メジャー)とはいえ、死後叙勲されたりもしましたが、決してメジャーな存在ではなかったのです。

いきなり「メジャー」になることもありますが、その前には「プチ・メジャー」があり、誰にも知られない「下積み」の時期もある、というイメージモデルを描くと、この「やむにやまれない思い」というのは、すごく大事なんだなあと、思いました。
この「やむにやまれない思い」を核にがんばれば、長くかかっても、いつかは新島八重のように、華を咲かせることが出来るのではないか、と思ったのでした。

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